プロフィール

「おれってやりたいこと全然ないんだなぁ…。」

すべての始まりは、就活中の自己分析で経験した「やりたいことリスト100」だった。

こんにちは。現役大学生ブロガー/フリーライターの香西俊哉(こうざいとしや)と申します。

現在は香川大学を休学中の5年生ですが、当ブログ「いつまでモラトリアム男子」を通して、

  • 大学生向けのお役立ち情報
  • フリーランスのライフハック情報
  • Webライティングのノウハウ
  • 英語の学習方法
  • 読んだ本のレビュー

 

などを発信しています。

>>ライターとして今まで書いた記事はこちら

 

こちらのプロフィールでは、ぼくの人生を(ほぼ)時系列順に書き綴っているだけですので、興味のある人だけお読みください。

 

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なんとなくうまくいっているように思えた少年期

徳島県のど田舎で3人兄弟の長男として生まれたぼくは、芸術分野以外なら基本的に何をやらせても全て器用にこなせる子供でした

6歳から始めたサッカーでは上の学年に混じって同級生で一人だけ試合に出ていたり、中学時代には県の優秀選手にも選出されたりもします。

勉強も小さい頃から塾に通わされ、嫌々ながらも勉強して小学校ではほとんどのテストで満点をとり、中学校では120人いる中でトップの成績をとることも。

そして高校も県内でもっとも偏差値の高いところに入学しました。

(ここまでは人生イージーモードだと思ってました…)

 

井の中の蛙であることを知った高校時代

しかし県でいちばん良い高校に入学して慢心していたぼくは、思い知りました。

「全く勉強していないのに成績のいい人」
「とりあえず勉強時間が半端ない人

など、徳島県だけでもぼくよりすごい人は星の数ほどいると…。

サッカーでも身体ができあがってきた同期にどんどん追い越されていく感覚があり、モチベーションはどん底でした。

 

深夜アニメとライトノベルにどハマりした中学3年〜大学3年

周りからサッカーしかしてなかったと思われがちですが、実はめちゃくちゃアニメ見てたし、ラノベも買いまくってました

最初は中学3年生のころ、何気なく夜中までテレビを見ていた時に「ぬらりひょんの孫」を見てしまったことがきっかけでしす…。

それを見てぼくは思いました、「氷麗(つらら)めっちゃかわいい!」と。

陰ながらずっと気持ち悪いと思ってバカにしていた、アニメオタクのクラスメイトの気持ちがわかった気がして、少し複雑な気持ちでしたが…。

その時から大学3年生の夏ごろまで、リア充とは程遠いアニメ漬けの生活を続けることになります。

 

激動の大学時代

そのままなんの努力もせずに高校時代を過ごしたぼくは、なんとか四国の国立大学である「香川大学 法学部 法学科」に進学しました。

やりたいことは特にありませんでしたが、高校時代の不完全燃焼も相まって、体育会サッカー部に入部することに。

それからは休むことができない練習が週5回もある大学生活を過ごすことになります…。

 

大学生のうちに1度は海外に行こうと、チェンマイ大学に協定校訪問

そんな中で2年生になり、大学内の留学生と講義の休み時間に絡む機会が多くなりました。

そして「そういえば、まだ海外いったことないな」と思い、海外へ行く計画を立て始めることに。

もちろんサッカー部に所属している以上は、海外旅行で練習を休むなど不可能です。

というわけで、ぼくは授業で海外研修に行くという裏技を使いました。

そして見事に、タイ北部に位置するチェンマイ大学に2週間の協定校訪問を経験。

このときの体験が最高すぎて、もっと長期間で海外に滞在したいという思いが強まります…。

チェンマイのサンデーナイトマーケットが楽し過ぎて買い物し過ぎました…。

 

人間関係に疲れて精神的に消耗し、大学にいけなくなった3年生前期

そんな中で2年生の11月にサッカー部の世代交代が行われ、ぼくはチームの主将という立場になります

 

写真はぼくが大学3年生でキャプテンを務めていたときのもの。

 

最初はやるからには本気で取り組もうと思い、練習メニューの作成や部内のルールを強化して、「少しでもチームを強くしたい」という思いもありました。

しかしどうしても意見の合わない部員からの陰口を聞いたり、結果の出ない日々が続いたりすることで徐々に精神を消耗していきます…。

この当時、ぼくは大学にほとんど通っておらず、家でずっとアニメしか見れないという日もあったぐらい、疲弊していた記憶しかありません。

そしてぼく自身が練習中に骨折をして、最後の大会にも出られないと知ったとき、いよいよこの部活にいる意味がないと思い、逃げるように交換留学を決意しました

今思えばコミュニケーションが取れずに、自分がいいと思ったやり方を押し付けていたぼくが未熟だったと思いますが、当時はとにかく孤独との戦いだったんです。

そのため、3年生の前期に取れた単位は8単位という、入学当初は思いもしなかった結果になりました…。

 

東南アジアのブルネイダルサラーム・タイに交換留学

ほぼうつ状態の中でも、英語の勉強だけは独学でなんとかやっていたので、特に苦労することもなく交換留学に行けることになります。

留学先はブルネイダルサラーム大学(ブルネイダルサラーム国)チェンマイ大学(タイ王国)でした。

それぞれ1学期ずつの交換留学プログラムで、2016年8月〜12月までブルネイ、2017年1月〜5月までがタイです。

この留学経験が、この後のぼくの人生を大きく変えるひとつのターニングポイントになります…。

 

英語の授業はついていくだけでも大変でしたが、ブルネイ留学ではたくさんの友人に恵まれました。ちなみに写真に写っている2人は今では婚約しているそうです…。

 

 

タイのチェンマイ大学では教授がめちゃくちゃフランクだし、日本人がいない授業も新鮮で、すごいいい経験になりました!

今までの価値観がぶっ壊れた留学ライフ

はじめての海外留学はぼくにとって、衝撃の連続でした。

留学で得た気づきを少しだけ書き出すだけで、

  • 世界にはいろんな働き方があるということ
  • 宗教ってぜんぜん悪いものじゃないということ
  • 日本の物価が(東南アジアに比べ)高すぎると気づいたこと
  • 自分の国(日本)について何も知らないということ
  • 東京にいくべきだと思ったこと

などと、数え切れません。

最後の「東京にいくべきだと思った」を体現するため、留学中も色々と情報収集をしていました…。

 

帰国後さっそく休学をかまし、大阪と東京で就活スタート

留学ですっかり気分がリフレッシュされたぼくは、大学卒業を1年延ばして、2019年卒という立場で就活に臨むことを決意します。

東京で就活をしながら様々な活動に参加していました。

そして帰国してすぐ大学に休学届けを提出して、6、7月あたりに就活で大阪と東京に何度も足を運びました。

しばらくしてから何度も行ったり来たりするのは効率が悪いと気づき、東京の就活シェアハウスに申し込み、8月中旬から東京で生活することになりました

 

自分のことを知れば知るほど嫌になった就職活動

僕が就職活動をやめて自力で稼いで生きようと決意したのは、就職活動を始めてしばらく経ったころ「自分がなにももってない」と気づいたのがきっかけです。

6歳からずっとサッカーだけしかしてこなかったぼくは、サッカーをとってしまえば「何者」でもありませんでした。

そして就活中にやった「やりたいこと」を100個考えてみるワークでは、見事に空白が8割ほど

いかに自分が流されるままに生きてきたのかがわかって絶望したんです。

(あれから1年経って「やりたいことリスト100」に再チャレンジしたら「やりたいこと」がめっちゃ増えてました!)

 

東京は地方の100倍は先に進んでいた

東京で就活する中で、学歴が高くなくても1年生からスタートアップベンチャーで長期インターンを何社も経験したり、学生団体やNPOの役職について大きなプロジェクトを成し遂げたりする学生にたくさん出会いました。

 

こちらの写真は就活イベントでとったものですが、このイベントに来ていた学生は、ほぼ全員イベントを主催していたり、プログラミングでサービスを作ったことがある人ばかりでした…。

ぼくはこのとき本当の意味で「自分がサボり続けてきたツケが回ってきた」と後悔します…。

彼らに比べ、自分が社会で通用するスキルをなにももっていないことがひたすら悔しかったです。

地方には長期インターンシップや学生団体もほぼないに等しいので、東京との差は自然と開いていくのでしょう。

 

人材系ベンチャー企業で働いて思い知った学歴社会

一方で東京での就活はお金が掛かるため、ぼくは人材系ベンチャー企業で約6ヶ月間インターン生として給料をもらいながら働きました。

ぼくがそこで目にしたのは、新卒採用においては学歴社会はいまだ根強く残っているという現実です。

この気づきを経てぼくは、大手企業に就職できたとしても、いまの自分の能力や学歴では使われる側のままで終わってしまうと確信することに…。

 

PC1台で意外と稼げることを知りました

ぼくは就活のES(エントリーシート)や面接では「挑戦」「行動力」という言葉を使っていましたが、実際にはそれに見合うことをやっていたかというと「言葉負けしているな」という思いもあったんです。

そこで、

「普通の人がやらないことをやれば、自分の市場価値はあがるのでは?」

と思い直して戦略を考えました。

そしてたどり着いた結論は、

「いくら東京でも自分の力で稼いでいる人は、そこまで多くないはず!」

というもの。

「じゃあ、自分で稼げばいいじゃん!」

ということで、誰にでもできる「転売」とか「せどり」と言われるものをインターンの片手間に始めることに…。

そして蓋を開けてみれば、「月に10万円ていどであれば、自分で仕事を生み出せる」という自信に繋がりました。

 

就職しないという生き方を決意

「自分で稼げる目処が立ったんだから、わざわざ会社に就職する必要なくね?」

そう思ったぼくは、ある日両親に軽い気持ちで「もう就活しない」と電話で打ち明けました。

多少反対されるだろうなとは思いましたが、想像以上にものすごい勢いで反対されたんです…。

ぼくも少し感情的になって電話で大喧嘩に発展し、それ以降お互いに連絡を取らない期間がありました。

ずっと親の言う通りに進路を決めてきたぼくにとって、自分の意思で決めた道を反対されるなんて初めてのことで、どうしたらいいのかわからなくなったんです。

でも、「1度きりの人生で、誰かに言われた通りの人生を生きることに価値はあるのか?

と考えたときに、ぼくは「自分の道を生きよう」と決意しました。

 

田舎フリーランス養成講座に参加!フリーライターに

「自分で決めた道を突き進もう」

そう決心したぼくでしたが、転売生活に飽きてしまいました。

そんなときにGoogleで「就職せずに生きる方法」という検索ワードでとある記事に出会い、「田舎フリーランス養成講座」というなんとも怪しい講座を知ることになります。

>>「田舎フリーランス養成講座」が気になる方はこちら

今でこそ開催日程も開催地域も増えて、テレビ露出も多くなってきた「田舎フリーランス養成講座(通称:いなフリ)」ですが、ぼくが受講したころは同時期に受講していた仲間は不安な人も多かったみたいです。

ぼくが2018年4月に千葉県いすみ市で同講座を受講したときの仲間が、いなフリについての記事を公開しているので見てみてください。

>>【迷っている人必見!】いなフリに行っては行けない3つの理由

 

Webライターという働き方に衝撃を受けた!

いなフリを一緒に受けた、いすみ4期生の仲間たち。

いなフリではフリーランスとして稼ぐノウハウや営業方法をたくさん学びましたが、その中でも特にWebライティングで稼ぐことが、自分には向いていると感じました。

実際に未経験で始めた月に、10万円以上を稼ぐことができたので、そのままフリーライターとして活動することに…。

なぜWebライティングに衝撃を受けたかは別の記事で解説しています。

>>【断言】大学生は絶対ライターを経験しておくべきです【メリットしかない】

 

教えられる側から教える側へ

いなフリを受けてから稼げる金額も増えてくると、2018年9月に山梨県都留市で行われる予定の、田舎フリーランス養成講座(通称:つるフリ)のWebライティング講師のオファーをもらうことができました。

つるフリのオファーをもらったとき、ぼくはちょうどチェンマイで海外ノマドを実践している最中でしたが、非常に嬉しいお誘いだったので、海外ノマド生活を中断して都留へ向かうことに…。

実際に講師/メンターとして受講生と向き合うことは、想像をはるかに超えてとてもしんどいものでしたが、最後には受講生だったときには出なかった涙が頬をつたいました。

そのときに「頑張っている人の力になりたい」という気持ちが自分にあることにも気がつきます。

つるフリ3期!楽しかったぞ!

 

「地方に住む大学生」に伝えたい

ぼくは必ずしも全員に起業家やフリーランスになることをオススメすることはしません

  • 絶対に働きたい会社がある
  • わざわざ会社から出たくない

という人はそのままでいいと思います。

地方大学の学生で、(できるかどうかは別ですが)地元に就職してのんびり暮らしたいって人もそれはそれでいいでしょう。

ただ、少しでも今の自分から変わりたい」とか好きなことを見つけたい」と思う人のことは応援したいです!

そんな中で、2018年10月にはクラウドファンディングで「『休学紹介書』出版プロジェクト」に参加し、資金を70万円を集めることに成功しました。

ぼくは休学紹介書で寄稿する20人のうちのひとりに過ぎませんが、「休学に対する想い」と「やりたいことに挑戦することの大切さ」を書き記す予定です。

 

さいごに…

好きなことで稼ぐという言葉が一人歩きしている中で、

「自分の好きなことが何なのかわからない」

という人もいるでしょう。

でもよくよく考えると、「好きなこと」ってやってみないとわからなくないですか?

サッカーにしろ野球にしろ、プレーしてはじめて好きとか嫌いとかがわかるものです。

ぼくはそれに気づいて以来、自分の中で大切にしている理念があります。

迷ったらやる!

やりたいかどうか迷ったときに、すこしでも興味があるってことはやってみたいってことじゃないですか?

挑戦し続けた先に、やりたいことは必ず見つかるものです。

このプロフィールを読んでいるあなたが、勇気を持って行動できることを願っています。

 

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